瞑想は、小さな自分が大きな自分に入れかわる


瞑想は 心の最も深い領域「空」から始まる 

自己ヒーリングになりますが、
私が ヒーリングなるものを 最初に始めたのは 
25年近く前になりますが、レイキヒーリングでした。

ホスピスで60分のレイキヒーリングを1日3人位に
していた時期があって、毎回すごい事が起きてました。

夜、寝ている時に、
とてもリアルな宇宙か銀河に飛ばされる夢?
を見て、宇宙にエネルギーをチャージされているような 
気持ちイイとか楽しいって言葉を通り越して、
この世のものとは思えない恍惚感がありました。

他にもレイキヒーリングした晩に 
よく見た夢がありました。

白い布を着た男が丘の上に立ってます 
とても幸せそうで、堂々としてて、
自由で、自然の風を受けながら生きている人でした。
それもこの世のものとは思えない 
すがすがしい快感でした。

そして、この人の事は何故か、
私自身だと感じたのですが、
憧れの理想の生き方をしている 
遠い過去(世)の私 という感じで 
(当時の)現実の私とは、
あまりにも 違いがありすぎました。

当時、私は、この人(過去世の自分)に 
とても興味を持って、この人が暮らしていた場所に行けば、
何か解るんじゃないか?

今の自分の問題や悩みの すべてが解決して、
自由で幸せなバラ色の未来になるんじゃないか?

突然ヒーリングの能力が目覚め、
すごい人になるんじゃないか?と想像していました。

こういう発想って、
今、思えば 本当にナンセンスな発想なんだけど、
当時は大真面目に考えてて 
この場所探しをはじめたんです。 
それが「チュニジア」の「カルタゴ」って
地名の場所でした。

○○さえ持てば、すべての問題が解決するとか、
悟りさえすれば、すべての問題が解決するとか、

子供の思考は、時として 
こんなナンセンスな思いこみが
大好きだったりしますよね。

マインドは「そうあって欲しい」と
願いを込めて思い込むのですけど、
事実は違います。

「だからどうしたの?」って、
そこからが始まりなんです。

いつも奇跡は、地道な出来事の積み重ねの先に
待っているように思います。

当時は、カルタゴに行きたくて仕方なかった私ですが
戦争中で、旅行できなかったのですね。

もしも、当時、カルタゴに旅行してたら、
期待が大きすぎて、帰国してからの 
普通の平凡な毎日にがっかりしたと思います。

過去世の自分じゃなくて、今の自分の肉体、性別、生活環境、
これらと共に 人生は進んでいきますからね。
これを受け入れて、ゆっくり変化していくしかありません。

瞑想で「空」を経験した後は、
ゆ っ く り と 
時 間 を か け て 戻 っ て き ま す

「空」とは「真我」「本当の自分」
可能性に満ちた自分を ゆっくり連れて返ってくるのです

今現在の 小さい自分(マインド)に 気づかれないように、
ゆっくりさりげなく、知らない間に、大きな自分を 
連れて戻ってきます。
これ 重要ですよ!!

1日2回これを繰り返した時に、
後々、気がつけば、知らない間に、
小さな自分が、大きな自分に入れ替わっていくんです。
 
ある時、自分がビックリするほど 
変化している事を発見するでしょう。

月日が流れて十数年、
カルタゴに旅行してきました。
変化した事は、沢山あります。 
過去世のカルタゴの自分に憧れる事は 
もうありません。

今、現在の自分が、幸せで、自由を感じ、
自然の風を受けて流れています。
憧れは手に入ると消えてしまいました。

結局、憧れの過去世は 
自分の今、実現できる可能性を 
みせてくれていただけなんですね。

憧れている時には、到底そんな風に思えないとしてもです。
過去のどんな素晴らしい人生よりも、
一番、賢くて成長しているのは 
今現在の自分なのです。

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女神の友達

出逢いが瞑想チックだったので、パートナーとの出会いを・・

ある日の事。その日は よく晴れた休日で、仕事もなく、
あまりのヒマさに ボッとしてました。
すると突然 私のマインドが 将来に対する不安について
ごちゃごちゃ 言いだした

「こんな晴れた休日に デートもしないでどうするの?」
「いい年して独身で おまえは 何様の つもり?」
しかもTVをつけると 少子化問題について討論してるし、
「少子化問題は 私の責任かも?」と ますますマインドがうるさく 
自分の将来について 不安を訴えはじめた

そんな事で 昼間を無駄に過ごして終わり とうとう 不安のまま 
夕方になってしまった。
あんまりマインドがうるさいので 神棚の前に行き
ラクシュミ (富と繁栄 結婚や出産の女神)にむかって 話しかけた

「私の将来ってどうなるの?
「こんなところで ボッとしてて ええんやろか?」 すると直感的に
「いいから 寝なさい」と 答えが返ってきた なんと単純な答えだろう。
日中にごちゃごちゃ うるさかったマインドの おしゃべりの量に比べ 
笑ってしまう程 シンプルすぎる 答えだった。
 
そして 全然 眠くなかったけど やる事もないし
夕方の5時頃から 寝る事にした。
すると そのまま 朝まで ねむり続け 
明け方に 雑夢(ストレスの解放として見る 意味のない夢)とは違う
とても 知性的な クリアーな夢を見た。
 
将来の事 一切 心配する必要はないから・・
ちゃんと道の上にいるから 大丈夫だよ。
というような メッセージがあり
そして くっきりと ある男性の姿が出てきた。
とても 気分がよく 暖かいエネルギーに包まれる 夢でした。

朝 起きたら 昨日の不安が ウソのように消え
「自分を信じて進んで行こう」と思えるような 励まされる夢だった
夢から数ヵ月後 習い事の 送迎ワゴンに 乗り込んだら
私の隣の席に 夢に出てきた そっくりさんが座っていた

「夢の人だ!!」と 思わず横顔を じっと見てしまい
「この人には 絶対に話しかけなくてはいけない・・」 と思っていたら、
お昼休みに休憩室で一緒になり、お互いに お弁当を持ってきていたので 
チャンスと思って 無理矢理 話しかけてみた。

なんかめずらしくエネルギーがまわる人だな~と思ったし
趣味、嗜好も似ていたので、すぐに うちとけてしまった
そして あれよあれよという間に 一緒に暮らす事に なってしまった。

もしも夢の事がなかったら 
おそらく 話しかける事も なかったと思うので 
この夢の示唆は 有り難かった
やはり 持つべきものは「女神の」「友達」です。
そして瞑想は 女神を味方につける 強力なツールだと思う

 

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チュニジア旅行中の夢

1月のチュニジア旅行、それに伴い観た夢

特にチュニジアは、40年近く、生きてきた中でも
忘れられない場所に なりました。
カルタゴの聖地、サハラ砂漠、塩湖、映画のロケ地、 マトマタ、
アフリカ大陸のスケールの大きさ、 また、カルタゴの地中海性気候の 
心地よい光と風 聖なる山 塩湖では、時間が許す限り、走って遠くまで行きましたけど、 大地と地平線は果てしなく続き、塩湖の中で楽しくはしゃぎました。

日中、観光してても、視界がワイドに広がるばかり、
そのせいか、夜に「様々な自分」の夢を観ました。

アートマンの自分、ブラフマンの自分、魂といわれる数々の 過去やら
来世と呼ばれる、今は焦点が当たってない、 人生を生きてる自分、

そして、今現在、焦点が 当たっている 現在の私

日中 砂漠の民の格好をして サハラ砂漠を観光した事が 引き金になって、
過去生の 自分にまつわる印象が出てきて、現在の自分に 大きな ヒーリングが起きました。

結婚とか 恋にまつわるヒーリングの夢だった。
本当に 私が夢で観た 過去世があったのか?
もしかして、自分の 思い込みかも? と思い、
過去世を見てくれる プロの人の所に 相談に行ったら、
砂漠にまつわる出来事として、私が観たものと 同じ話をしてくれた。

私は、砂漠にまつわる世で、
年頃になり、親の薦める 人と結婚する事になってしまった。
どうも 自分には好きな人が 別にいたので、 結婚は 嫌だと感じていた。

けれども、当時の私の母が あまりにも、やさしく、 愛情深い人で、
女の幸せは、安定した家に嫁いで 子供を産む事だと・・
結婚を嫌がり 泣く私を説き伏せて 抱きしめてくれたので、
その愛情に負けて「別の人と結婚したい」とは、言い出せず、
泣く泣く結婚していった。そんな悲しい物語 だった。

冷静な 今の自分の状態で、この物語を観た時、
傑作的に面白いと 思ったんです。

実際に砂漠の世を 生きた女性(私)は、
今の私よりも、年齢的に幼い。
よく言えば、純粋、悪く言えば、バカ(笑)
同じ魂だとは思えない程、キャラクターが 
今と違いすぎている。

私の感覚では(砂漠の世では)何が悲しいのかと言えば、
お母さんの愛を優先して、
自分の気持ちを あきらめた事 だったのだけど、
実際には 砂漠で ぬくぬくと 暮らしていた訳だから、
まんざら、親の薦める結婚は、悪くなかったのだと思う。

それなのに・・・
好きな人と結婚できなかった事だけを 恨んで
人生の 一部だけを見て、判断して、
印象 (この場合、悲しみと恨み)を 

ためてしまっていた。
ほんと人間って、こんなおかしな事を 
平気で してしまう 生き物なのだ。

深い愛情を恨んで 根に持っていたことも 面白いと思う。
普通 深い愛情は 欲しいものに挙げられるだろうから(笑)

きっとこの時
「生まれ変わったなら 結婚相手は 自分で選びたい」と
強く思ったのだろうね~。
今世の 私は 若い時から、
親、親戚が持ってきた見合い話は、
全部、蹴散らしていましたし、
しかも、今世の母は 私を 自由にさせてくる人で、
いっさい、口出ししない人です。

子供の時は 
母の無関心やら冷たさが理解できませんでしたが、
過去世は 親の大きな愛情に 包まれて 気持ちを封じ込まれた事が
恨みの原因だったから、
今世「愛情 深い母親なんてまっぴらゴメン」 と 
思ったのだろう。

「親を選んで子供は産まれてくる」って 話がありますけど、
間違いなく 自分の選択で 今世の母親を 選んだと思います(笑)
あ~ おもしろい!

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